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墨田簡易裁判所 昭和38年(ハ)320号 判決

原告 株式会社小松設計工務所

被告 有限会社中田製材木工機械製作所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告は原告に対し金七二、九〇〇円およびこれに対する昭和三八年一〇月一二日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

主文と同趣旨の判決。

第二、請求原因

一、原告は建築請負を業とする会社であつたが、昭和三八年六月一日株主総会の決議により解散し、清算中である。

二、原告は昭和三六年一一月一〇日被告より、被告会社の工場兼事務所のうち三五坪の左官工事を工事代金七二、九〇〇円にて請負い、右代金は工事完成と同時に支払う約定をした。そうして、原告は右工事を同月二〇日完成して被告に引渡した。よつて、原告は被告に対し右工事代金七二、九〇〇円およびこれに対する支払命令送達の翌日である昭和三八年一〇月一二日より完済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、原告が建築請負業を営む会社であつたことは認めるが、原告会社が解散し、清算中であるとの事実は知らない。

二、原、被告間に被告会社の工場兼事務所の左官工事の請負契約をしたことはあるが、その工事代金は全額支払いずみである。すなわち、被告は昭和三六年八月五日原告に右の左官工事を工事代金四四〇、〇〇〇円で請負わせ、同年九月末日までに完成することを約し、同日前渡金として金二〇〇、〇〇〇を原告に支払つた。ところが、原告は右工事を遅延し、同年一一月初旬一応工事を終了したが、その工事のうち土間のコンクリートの打ち具合が悪るかつたので、被告は原告にその補修をさせたところ、原告は被告に対し、その補修に要した費用として金七二、九〇〇円を右当初の工事代金の残金二四〇、〇〇〇円に合せて計金三一二、九〇〇円の支払いを請求してきた。

ところが、原告は右工事の際デツキプレートを破損したので、そのため被告の被つた損害と右工事を遅延したことにより被告の操業開始が遅れたため得べかりし利益を喪失した損害とを合せて少くとも金一〇〇、〇〇〇円の損害を被つた。

そこで、原、被告間に昭和三六年一一月二九日原告の右工事代金三一二、九〇〇円の債権と被告の右損害金一〇〇、〇〇〇円の債権とをその対等額において相殺する旨の相殺契約をし、被告はその残債務金二一二、九〇〇円を同日原告に支払い、右工事代金はすべて支払いずみとなつたものである。

第四、抗弁

仮に、被告が原告に対し原告主張の工事代金七二、九〇〇円の債務を負担するとしても、被告は金額二一〇、〇〇〇円、満期昭和三七年八月一〇日、支払地東京都台東区、支払場所全東栄信用組合三筋町支店、振出地東京都台東区、振出日昭和三七年五月八日、振出人原告、受取人兼裏書人満田商店こと満田米吉、被裏書人被告と記載された約束手形一通を所持している。右手形は訴外満田米吉が満期日に支払場所に呈示して支払いを求め、その支払を拒絶されたものであるが、これを被告は同訴外人から期限後である昭和三九年三月初旬裏書譲渡を受けたものである。そこで被告は原告に対し右手形金二一〇、〇〇〇円およびこれに対する満期日の翌日である昭和三七年八月一一日より完済に至るまで年六分の割合による損害金債権を有するから、被告は昭和三九年六月一七日の本件口頭弁論期日において、右約束手形金債権をもつて原告の本件工事代金七二、九〇〇円の債権とその対等額において相殺する旨の意思表示をした。よつて、本件工事代金債権は消滅したものである。

第五、抗弁に対する原告の認否

被告がその主張の約束手形一通を訴外満田米吉から裏書譲渡の旨を記載して期限後である昭和三九年三月初旬交付を受けて所持すること、その主張のとおり相殺の意思表示のあつたことはいずれもこれを認める。

第六、再抗弁

右被告主張の約束手形の裏書譲渡は虚偽表示であるから無効である。すなわち、被告は訴外満田米吉と通謀のうえ、本件工事代金を免れるため、ただ右手形を借り受けたものであつて、仮装の裏書譲渡であるから、無効であり、被告は右手形の権利者ではない。なお、仮に被告において右約束手形金債権を有するとしても、原告は清算中であつて、その清算について昭和三八年六月二〇日、同月二二日および同月二五日の各官報に、同月二一日より二カ月以内に債権の申出をするよう公告し、右公告に右期間内に申出をしないときは清算より除斥する旨付記した。ところが、右期間内に右約束手形金債権の申出をしなかつたのであるから、これをもつて清算のため取立てる本件工事代金と相殺することは許されないものである。

第七、再抗弁に対する被告の認否

右約束手形の裏書譲渡は虚偽表示であるとの主張事実は否認する。

清算について債権申出催告の公告をしたとの事実は不知、なお、右約束手形金債権の申出をしていないことは認める。

第八、証拠〈省略〉

理由

原告は建築請負業を営む会社であつたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第八号証の一ないし三によれば、原告会社は解散し、清算中であることを認めることができる。

それで、本訴工事代金の請求について判断すると、証人小松正男の証言および同証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、成立に争いのない甲第二号証、第三号証、第五号証ないし第七号証、証人関口富次郎、同羽吹昇の各証言を綜合すれば、原告は被告から昭和三六年八月五日被告の工場兼事務所のコンクリート工事を工事代金四四〇、〇〇〇円にて請負い、これを同年一一月初頃完成して被告に引渡したこと、その追加工事として原告は被告から同年一一月一〇日本件左官工事を工事代金七二、九〇〇円にて請負い、これを同月二〇日頃完成して被告に引渡したこと、右コンクリート工事代金四四〇、〇〇〇円は既に支払いずみであるが、本件左官工事代金七二、九〇〇円は未払であることをそれぞれ認めることができる。被告主張の、原告が工事に際しデツキプレートを破損したことによる損害と工事遅延のため被告の得べかりし利益の喪失による損害との合計が少くとも一〇〇、〇〇〇円に達したとの事実およびこれと本件左官工事代金七二、九〇〇円を含む当初のコンクリート工事代金残金とをその対等額において相殺する旨の相殺契約をしたとの事実は、いずれもこれを認めることができない。以上の認定に反する証人阿武正雄の証言および被告会社代表者中田穆彦の尋問の結果は信用することができないし、他に以上の認定を動かすに足りる証拠はない。

次に、被告主張の金額二一〇、〇〇〇円の約束手形金債権について判断すると、被告はその主張の約束手形一通を訴外満田米吉から裏書譲渡の旨を記載して昭和三九年三月初旬交付を受けて所持することは当事者間に争いがない。原告は右約束手形の裏書譲渡は虚偽表示であるから無効である旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告は原告に対し右約束手形金二一〇、〇〇〇円およびこれに対する満期日の翌日である昭和三七年八月一一日より完済に至るまで年六分の割合による損害金債権を有することを認めることができる。

そこで進んで、相殺の点について判断すると、被告は昭和三九年六月一七日右約束手形金二一〇、〇〇〇円と本件工事代金七二、九〇〇円とをその対等額において相殺する旨の意思表示をしたことについては当事者間に争いがない。原告は清算について債権申出催告の公告をしたが、その所定期間内に右約束手形金債権の申出をしなかつたから(甲第八号証の一ないし三によれば原告主張のとおり債権申出催告の公告をしたことを認めることができ、その所定期間内に右約束手形金債権の申出をしなかつたことは当事者間に争いがない。)右約束手形金債権をもつて、清算のため取立てる本件工事代金と相殺することは許されない旨主張するけれども、清算について債権申出催告期間内に申出をしなかつた債権といえども債権自体にはなんらの消長をきたすものではなく、株主に分配しない残余財産の存する間はいつでもこれに対し弁済を請求できるものであり、かつ、この債権について相殺を禁止する旨の規定も存しないのであるから、右債権申出をしなかつた約束手形金債権も相殺に適するものといわなければならない。したがつて、被告の負担する本件工事代金七二、九〇〇円の債務と原告の負担する右約束手形金二一〇、〇〇〇円の債務とはいずれも相殺適状にあつたものと認められるから被告の前示相殺の意思表示によりその対等額においてそれぞれ債務を免れたものである。

よつて、結局原告の本訴請求は理由がないかられを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平畑筆一)

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